考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

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中国の社会的企業の学会に参加

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中国・天津で開かれた「第三届公益主题国际研讨会暨东亚社会企业国际会议」(The 3rd International Seminar on Philanthropy & 2012 Conference on Social Enterprises in Eastern Asia;第三回公益研究国際会議&2012東アジア社会的企業研究会議)に参加しました。

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中国での議論は刺激的でした。フィランソロピーに関する研究会議だったが、最初のうちは同時通訳で何度も流れてくるこの語が、何を意味するのか分かりませんでした。そのうち、どうもそれは、「公益」の英語訳のようであるというのが理解できるようにはなったのですが。フィランソロピーとは、日本では企業の社会貢献のイメージが強かったため、すぐにはピンと来なかったのです。

しかもその公益も、日本での解釈とはまた異なる。どちらかというと「新しい公共」に近いかな?つまりパブリックというよりも、共助の世界のことであるようです。
慈愛のこと、と伝えてくれた中国人の方もいたし、どうも、公共心・利他心も含むような、道徳的な語でもあるようですね。

この研究大会は今回で3回目とのこと。中国のNPO学会のようなものかな?とにかく、そこで中国の社会的企業やNPOのことが議論されたのだが、これも日本と全く文脈が異なる、というか真逆に感じました。
日本では「NPOが稼いで(事業収入を増加させて)何が悪い?」という発想が社会的企業なのかと思うのですが、中国では「企業が稼がないのが(利益の非分配)すばらしい!」という感じ。とにかく、NPOの利潤非分配の話は、盛り上がっていましたね。ただし、社会的企業の場合は利潤の非分配だけでなく、利潤分配の制限というケースも多々あります。イタリアなどは社会的協同組合が主たる組織形態ですから、組合員に利潤を分配していますしね。

近年、資本主義経済を部分的に導入し、経済発展著しい中国ではありますが、その資本主義経済の延長としての、つまり「営利による社会問題解決手法」というところにはあまり関心が無く、もっぱらその非営利制がすばらしいのだと考える人が多いのでしょうか。あくまでも推測に過ぎないので、ひょっとしたら間違っているかも知れませんが。

またそれに関連して、とにかく価値(バリュー)が連呼されていました。社会的企業のバリューと社会起業家精神のスピリットが重要なのだ、と。どこかしら、儒教の思想も影響している気もします。

しかし実は、中国の社会的企業の事情は、同時通訳を聞いているだけではほとんど分からなかった、というのが正直なところです。先ほどのフィランソロピーの例のように、英語の同時通訳を聞いていても、一般的な単語で訳されちゃっていて、ニュアンスが分からないから、あまりよく理解できないんですよ。自分の勉強不足が露呈していますね。情けない話です。同じく日本から呼ばれていた専修大学の李妍焱先生が最近出された『中国の市民社会』を読んで、勉強しないと。
(李先生、お世話になりました。お礼を兼ねて宣伝をしておきますw)


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李 妍${69D8}

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今回は国際研究学会、ということで、他の国からの報告もありました。ほとんどが各国の社会的企業の概念や現状を説明するだけだったので、改めて新しい知見というのは少なかったのですが、面白かったのは、アメリカや韓国の研究者から、社会的企業は、アドボカシーや市民の動員(市民参加)に失敗したのか、という問題提起がされたことです。
これは奇しくも私が行った報告でも同じ問題を扱ったので、とても興味深かったです。つまり、社会的企業という、市民社会組織の「ビジネス的側面」に注目が集まったがために、従来のNPOが持っていた、市民社会からの資源(ボランティアや寄付)を集める「強み」が失われたのではないか。そして、他方で、社会問題の解決も、「ビジネス的側面」による方法論に特化してしまったがために、政治に働きかける能力(圧力運動、市民運動など)が失われてしまったのではないか、という危機感が社会的企業を取り巻く現状として、世界的にあるようです。

また、社会的企業が注目される背景には、社会問題の民間での解決(自助・共助)により、政府の責任が注目されにくくなる、ということもあります。これは各国で、政府が社会的企業に注目してその活躍を喧伝する一つの背景にもなっている可能性があります。その結果、市民社会が負担を強める「安上がりの福祉」に危険性も大いにあるわけです。

この問題、中国でもありえる話…とは思うのですが、中国の研究者の方々とは、意見交換できませんでした。(政治との関係は、どこまで中国で議論できる話題なのでしょう?また、主催者に行政関係も入っていますから、あまりこの場では議論するのには相応しい話題ではなかったかも知れません)

とにかく素晴らしい機会を与えて頂いた、清華大学の王名先生はじめ、大会の主催者の方々には大変感謝しています。また、大会スタッフの方々にも大変お世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。


追記


中国の社会的企業についての報告書がありました。2012年版。
日本語の要約(「連帯経済情報@日本語」のブログ記事)
全文(英語版)

ご参考まで。
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