考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

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今更ながら反転授業について

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遅ればせながら反転授業について思うこと。

話題になってから久しい、反転授業。
これとか)
日本にいないこともあって、その概要がいまいちつかめなかったので、コメントを控えていた。
しかし、以下の記事を読んで、なんとなくそのメソッドと効果、基礎的なフィロソフィーが分かったので、考察を述べておきたい。

『国内初、小学校での「反転授業」が子供にもたらしたもの』(教育とICT 日経Online)
東北学院大学 教養学部人間科学科 准教授 稲垣忠氏
山内 祐平=東京大学大学院准教授


同記事によれば、反転授業とは「ビデオ教材などを利用して自宅で知識の修得を済ませ、対面型の授業では応用課題やディスカッションなどに取り組む」ものだという。

まずはじめに、自分自身が大学教育が取り入れるか、である。しかし結論から言えば、実はもうすでにやっているよ、これ。という感じであったりします。

反転授業を知って、一番最初に思ったのは、「これって、大学のゼミと同じだね」ということ。要は、学生が書いてきた論文の原稿に、授業内で指導をしたり、あるいはゼミ内で進めているプロジェクトについて、ゼミの時間内でアドバイスしたり、ということは、いわゆる反転授業と一緒なのではないかと思った次第。

大講義でももちろん、こうした方法で授業を行ったことはある。ただ、大講義の場合、予習の管理が出来ないことと、教室での学びの管理が難しいので、工夫が必要になる。例えば簡単な例では、新聞記事を持ち寄って、それについて議論する、というやりかたが考えられる。

ただ正直、「画期的」な教育方法とまでは呼べないんじゃないかと思う。せいぜい控えめに言っても、数ある教育メソッドの一つとして、気が向いたらやってみてもいいんじゃない、ぐらいの位置づけのものだと思っている。ICTを使っているところに目新しさがあって、飛びついている人がいるのかも知れない。それはもちろん悪いことではないし、私もどちらかというと、新しいツールがあると、それを使ってどんなことが学生の教育で活かせるかな、と考える方である。

反転授業がなぜアメリカで流行ったのかの考察が同記事内にあるが、それによれば、アメリカでは教員が他の仕事についたり、逆に転職して新しく来たり、流動性が高いので、個々人の教育スキルに差があり、そのために画一的なマニュアルや統一されたフォーマットがあった方が便利であり、そのために開発されたのでは、とある。

確かに、予習用の教材があれば、児童は家で勉強してきて、教員もそれにコメントしたり採点するだけですむ。教員は教材製作に工夫を凝らしたりせずに済むから仕事が減るし、経験を積む必要が無く新人でもすぐに教壇に立てる。実に「効率的」な教育方法である。

しかし、多くの人が懸念するように、それは児童が予習をきちんとしてくれば、という仮定の下になりたつ教育メソッドだ。児童を信じる、信じないの問題では無く、家では勉強などできる環境にない児童は、アメリカでもそして日本でも、一定数存在しているはず(そしてそれは往々にして他の家庭問題ー貧困などーと結びついている)。

さらに、日本での導入に向いていないと思うのは、日本の小中学校では、学級制を取り入れていること。習熟度別学習であれば、予習をやってこない子どもは、その子の問題で終わるが、学級制で反転学習を行うと、予習を行ってこない児童が数人いた場合、授業が成り立たなくなるのではないかという懸念がある。

もちろん、「反転」しなくても、これらの問題は今までも存在していたし、それが保持されたり、かえって拡大するということだ。

教員の質が低いエリアでは取り組む価値があるかも知れないが、そうでなければ、既存の日本の学校教育および教員の質は相当なものだと思うので、それを壊してまでする必要があるのかな、というのが、結局の感想ですね。

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