考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

カナダの語学学校と英語の学習(留学)

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為末大氏がスポーツのトレーニングに関して、興味深いことを述べていました。学習全般に言えることだなぁ。

「よく世間で勘違いされていることですが、苦しい練習=効果のある練習ではありません。」
「ところが日本のスポーツのトレーニングを見ていると、ほとんどが辛さを優先しているものが多いです。」
「日本社会の息苦しさは、成果ではなく犠牲で貢献度をはかるところにあるのではないかと私は思っています。だから辛そうにしていないと頑張っているように思われない。何が本当の目的かを一度考える必要があるのではないでしょうか。」

目的は成果なのか努力なのか(為末大)



カナダに来て良かったのは、英語を学ぶのに色々な先生の授業を受けられたことですね。ピンキリだけど、少なくとも「苦しんで」学ぶことが英語の上達に役立つわけではないことが分かったのは良かったです。

私はトロントに来てから、フィールドワークを兼ねて、移民向けの語学学校に通っているのですが、ある日、いつもの先生がお休みで代用の方が来られたときがありました。その際、教える人が変わると、授業の雰囲気はこれほど変わるのか、とびっくりしました。

いつもの先生はフランクで、クラスの雰囲気もあたたかい感じがあった。常に学生に質問しながら(しょっちゅうあてるので、緊張感があり集中が保たれる)、ゲームやワークを多用し(すぐに周りの人と○○してと言われる)、練習問題を次々に行い、学生自身も理解度を確認でき達成感のある、実に素晴らしい授業運営だったのだなあと再確認しました。

代用で来られた先生は、導入部分で学生に質問した他は、教材の内容についてのうんちくをずーっと話し続けておられました。たまに質問されますが、「理解できましたか?」だけなので、YESと学生が言って終わります。「教室のルールは他人の意見を認めること」と言いながら、学生の意見に反論する(授業進行の都合もあったと思うのですが)場面もありました。

話し方はポライト(丁寧)ですが、やや権威的に感じて、それが教室を権威的な雰囲気にしているように思いました。上手に英語を話せる方がエライ、スマートに意見を言える方がエライ、みたいな。いつもの先生だと、皆平等に扱われ、良い点、悪い点がお互いにも分かるので、見栄を張る必要はなかったのですよね。その日は、たまらず、授業の途中で帰ってきてしまいました。

しかし、人の振り見て我が振り直せです。授業中はずーっと、自分の教え方をかえりみて反省しきりでした。どうしたら日本に帰った時、いつもの先生のような教室が作れるんだろうな、と考えました。

いずれにしても、カナダは先生の質が日本以上にピンキリなので、英語学習で留学を考えておられる方には、注意深く選ばれることをお薦めします。ただこれは否定的に私は捉えてはいなくて、先生の裁量が大きいことはとても良いことだと思います。工夫をされる先生は、とてもよい授業をされます。そういう授業を受けて、「英語を学ぶのって楽しい!」と思えるのは、日本ではなかなか得られない、貴重な経験です。(かく言う私も、英語は嫌いで嫌いで、仕方がありませんでしたから)

あわせて、マルチカルチャルを経験できるのも、カナダの良い所。英語がへたくそでも、やさしく対応してくれる人が多いですね。なにせ、トロントは移民が40%ですから、英語で苦労した経験を持つ人も多いのです。

ちなみに、トロントの方が、バンクーバーよりも、多文化性を感じられると思います。本当に色々な文化の人がいますから。ただ、バンクーバーは気候もいいし、また日本人移民も多いので、英語がまったくできない場合には、まずは暮らしやすいと思います。どちらをとるかは、難しい所ですね。

ただ、カナダでも、怪しい先生・語学学校もあるので、くれぐれも注意が必要です。語学学校を否定して、個人教授を強く薦めるブログがあったりしますが、特定の講師の宣伝・営業になっていて、実は現地では評判が悪かったりします。(カナダ・語学学校・話せない、あたりのキーワードでググると上位に出てきます)
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