考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

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新年度の始まり。

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今週は新入生ガイダンスと授業の開始で、本当に疲れた。そんな中、木曜の初めての三回生ゼミでは、春休みの宿題のひとつである、「新書一人一冊」の紹介を行った。結構真面目な本を選んでいるなあ、というのが第一印象。もっと軽めでも良いのに、結構重厚(内容的にも分量的にも)なものにチャレンジしてくれているのはうれしいが、最初から頑張りすぎていないか心配だが、それぞれの関心が分かって、面白かった。コミュニティデザインに興味のある学生、児童虐待、子どもの貧困、マイノリティ問題、フードバンク、地域創生、テロと難民の問題…多様性を持ちながらも、ゼミのテーマである「コミュニティディベロップメント」に集約できる、ある意味このゼミらしい内容だった。

ゼミの最初、と言うことで、私の方からもちょっと長めに挨拶をした。一番に伝えたことは、「自分のテーマを持つ」ということ。関心のあることにアンテナを立てておかないと、ゼミの宿題や社会活動に追われ、次から次にこなして、とりあえず単位が取れて良かった…というだけになるよ、と。この代からは卒業論文が必修になる。卒論書く上では、テーマの決定さえできれば五割方仕上がったようなもの。自分自身のテーマがない学生ほど、指導のしようがなかったりもする。学びの集大成でもある卒論を完成させるためにも、あるいはもっと、大学時代にこれを勉強した、ということを胸を張って言えるためにも、自分自身のテーマは大事である。

他方、ガイダンスで新入生には、「専門を二つ持とう」という話をした。北米の大学ではアンダーグラジュエイト(学部)ではダブルメジャーが基本だ。全く異なる分野を二つ学び、専門とすることで、知識体系のタコツボ化の弊害(専門バカ)を避けることができる。そしてどちらの専門も土台として、しかしどちらの専門にもなかった、新たなイノベーションを生み出すことにも繋がるのだ。私としては、「学際的」とはそういうことだと思っている。決して広く浅く学ぶことではない。

翻って、ゼミでも、各人が「専門」を持つからこそ、ディスカッションが活性化する。師匠の教えを教条的に学ぶのでは、新しい知(血)は産まれない(守破離の話もした)。逆に、まったくテーマがない学生達が集まっても、何も話は広がらない。自分自身の中に「とっかかり」がなければ、どんな話題にも「いっちょかみ」することはできないのだ。ゼミ自体の活発化のためにも、各人がテーマを持つことは重要。さてさて、今年はどんなゼミになるやら。

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