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桜井政成研究室

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

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Posted by Masanari Sakurai on

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子ども食堂は貧困支援につながっているのか。

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『子供の貧困対策マッチング・フォーラムin長野』にて、基調講演で呼んで頂き、話をしてきました。といっても、私自身は貧困問題ど真ん中の研究をしているわけではないので(初歩の初歩的な話は、冒頭にしましたが)、あくまでもボランティア・NPOの観点からの話でしたが。というか、そこを期待してお呼び頂けたようで、有り難い限りです。

でも、結局、話したい話は、70%ぐらいで時間切れだったので、申し訳なかったです(基調講演者でしたが、おした時間調整もがんばっちゃったので…)。代わりにこちらに書いておこうと思います。まずは講演の中で話すことができた部分、です。

子ども食堂、全国的に拡がっていますが、それって本当に貧困対策になっているの(というか、どこまでそういうことを考えてされているの)、というところが話の出発点でした。

実際、埼玉県で実施された調査結果によれば、県内の76団体の子ども食堂の内訳は、対象者を限定せず、子どもは「誰でも」と回答している団体は80.3%にも上ります。おまけに、69.7%の団体は大人を「誰でも」対象としており、もはや「子ども食堂」とすら呼べるのかどうか…。

加えて、子ども食堂が子どもの「食の貧困」を支える場になっているかどうかを考えても、同じ埼玉県の調査結果からは、断言できない状況が見えてきます。開催頻度を聞かれ、最も多くの団体が答えたのは、「月一回」(40.8%)でした。これでは、食事支援をしている、とは、とても言えないでしょう。ただ、週5回以上実施している団体も6.6%(5団体)あり、少ないですが、全く出来ていないわけでもありませんが。

ではどんな意義があるか、というと、沖縄でひとつのヒントになる調査結果があります。沖縄の貧困問題は深刻なこともあって、国は「子どもの貧困緊急対策事業」として多大な予算を投入しました。そのアンケート結果として、「子ども食堂」などの居場所を利用する子の66.2%が「この居場所に来て良かったと思うか」の質問に「そう思う」と回答。「どちらかといえばそう思う」(21.8%)を合わせると9割弱を占めたそうです(琉球新報 2017年6月21日記事)。

単純なアンケートの結果を鵜呑みにするのはよくありませんが、しかしこの結果が示唆するのは、子ども食堂は「居場所」としての機能が一つありえる、ということかと思います。

2017年12月に内閣府が、子ども・若者の意識調査を行った結果では、「居場所の有無」について尋ねています(15才から29才までの6000人を対象)。それによれば、居場所であると感じている場の数の平均は3.7で、居場所の数が3つ以上あると回答した者は、全体の約75%を占めています。しかし、暮らし向きが「低い」と回答した子ども・若者では、その15.4%が居場所がゼロ、つまり、全くないと答えているのです。

貧困とは、経済的な問題だけに留まらないことは良く言われています。だから「社会的排除」という言い方がヨーロッパで流行ったのです。経済的に困難な家庭では、自宅すら心安らぐ場ではないかも知れないのです。家には誰も居ないかも知れない。実際、シングルマザーの81.8 %が就業しているにも関わらず、一人親世帯の50.8%が相対的貧困世帯です。また、たとえ家に親がいたとしても、暴力を振るっているかも知れない。

もしもそうした子達の「居場所」に成り得るならば、子ども食堂は充分、貧困の問題に対応している、とまずは第一歩ではありますが、言えるかも知れないのです。

またもしその時に、子ども食堂が「貧困世帯」のみを対象としていたら、どうでしょうか。皆さんなら行きたいと思うでしょうか。そんなところに行っていると友達に知られたくはないのではないでしょうか。あるいは、自分は「かわいそう」な人間であるという再認識をさせられる場にになってしまうのも、避ける理由としてあるかも知れません。ですから、「誰でも来れる場」「様々な人が来る場」であることはきわめて重要なのです。

※もちろん、「貧困世帯」に限定した子ども食堂が無いわけではないし、それらが全て良くないわけでもありません。そうしたところでは、場所や時間を一般には非公開にしているケースがあります。そうすれば、来る子どもが恥ずかしい思いをすることはありません。専門性が高い支援だと思います。

※逆に、「誰でも来れる場」にすれば無条件に成功するわけでもありません。「子ども食堂は始めたけどお客さんが集まらない」という本末転倒なケースもよくあります。地域への上手な広報と、誰でも来たくなる「仕掛け」が重要でしょう。

心安らげる場がある。相談できる人がいる。これは、貧困世帯だからに関わらず、子ども全員にとって、そうだと思います。

それが実現できるだけでもすばらしいことですが、もっと欲張ったその次に、何ができるでのでしょうか。

もちろん、子ども食堂が「支援の場」として専門的になっていくことができれば、それに越したことはありません。しかし、それはなかなか、難しいでしょう。それは、子ども食堂の全国の拡がりと矛盾する話でもあるからです。そもそも子ども食堂がここまで流行的に拡がった背景には、「誰でもできる」という手軽さがあったからだと思います。地域の食堂が閉店時間にするなど、多様な人が関わるようになっています。その人達は本業があるわけで、児童福祉を専門的に学ぶには難しいものがあります。また、NPOとして経営していくのも大変です。

では、何ができるか。その一つの方向が、ネットワーク、です。

本年度、私のゼミ生達が、大阪府茨木市内4ヶ所の子ども食堂を調査しました。その目的はまさに、子ども食堂は貧困問題の解決につながっているか、です。

4ヶ所のうちの1ヶ所は始めたばかりでしたので、まだ何とも言えなかったのですが、残りの3ヶ所は、誰でも来られる場として1年以上活動していました。そして3ヶ所とも、貧困等の家庭に課題がある可能性の子が見つかっていました。しかし、専門機関と関係性が無かったところでは、残念ながら独自に問題解決ができなかった、という話を学生達が伺ってきました。

しかし残りの2ヶ所では、学校や児童相談所に相談し、何らかの専門的支援につながったとのお話しだったそうです。つまり、関係機関との連携がカギだった、と言えそう、というのが、学生達の調査の結論でした。

また過年度、私のゼミで学生達と、地域の方々、社会福祉協議会との共催で、「おにぎりパーティ」を開いたことがあります。このときは、地域の方が積極的に呼び掛けて頂いて、115人もの子どもが集まりました。小学校の体育館をお借りして、学生と子どもが遊び、一緒にお米をとぎ、そして一緒におにぎりを作りました。なんとも大規模なイベントになりました。

しかしイベントは一過性なので、大規模にはできましたが、何か地域にとって意味のあるものが残せたのだろうか、心配でした。しかし、主催者の一人の、地区の民生児童主任委員さんが、気になっていた家庭の子どもの連絡先を受付で聞くことが出来た。これで電話ができる、と喜んでおられました。大学生(そして私も)地域の外部者であり、また福祉や貧困問題の素人です。それでも、地域の関連機関とつながって行えば、問題解決の一端に関与できる、ということに気づいた機会になりました。

話は子ども食堂に戻りますが、つまり、これから考えていければ良いこととしては、まず、子供(もちろん、貧困世帯の、だけではなくて、です)が気軽に話しができ、安らげる・元気になれる「場」が地域にあったほうがいい。子ども食堂がそうした場になれたら、それはそれで、意味があることでしょう。そして、その先として、支援が必要な子供を専門機関につなげ、お互いに連絡を取り合える組織・個人の関係性があったほうがいい。ということも、言えます。そうすれば子ども食堂は地域の子どもの「育ち」を支える、地域資源の一つと成り得るのでは無いか、と考えられるのではないか、というのが私の考えです。

もちろんそれは、子ども食堂を開催している地域の人たちの「責任」というわけではないので、むしろ専門機関の方から積極的に関わって頂きたいところです。自分たちだけでは十分にできないアウトリーチ(潜在的な対象者への接触、働きかけ)を手伝ってくれる、貴重な地域資源を増やすお手伝いという意味で。

長くなりました。ひとまずこれで。子ども食堂のその先に何があるのか。もう少し掘り下げた話を、また書きたいと思います。

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