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桜井政成研究室

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

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Posted by Masanari Sakurai on

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被災者の「傷つき」〜固有性と全体性の「物語」〜

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この三週間は震災と、そしてその前からのあることで忙殺されてきた。文字通り心を殺して、とりあえずやり切る、乗り切ることだけを考えてやってきていた。

あることを乗り切るために、地震が起きた朝は、たまたま大学近くのホテルに宿泊していた。おかげで震度6弱を経験してしまった。大きな縦揺れの中で、ホテルの電気がバチバチッとショートした。しばらく落ち着いてから、余震がないことを確認しつつ、階段を使ってホテルの部屋から降り、大学へと向かった。研究室へは緊急的な立ち入りということで、連絡先を伝えた上で、ヘルメットをかぶっての入室が許された。8階まで階段で登るのは、さすがにこたえた。

研究室内は酷い有様。本棚の中身と、机の上のPC等、すべてのものが床に落ちて散乱していた。とりあえず必要なものを取り出し、同じように研究室の様子を見に来られていた同僚の先生と、建物から出た。そしてその日も帰宅難民で、ホテル泊まりとなった。

そこから今日まで正直、研究室の片付けはまともにできていない。職員さんがある程度片付けてくれていて、動線はできている。そのことは本当にありがたいととても感謝しているし、本当にいい大学だなとも思った。しかし、自分にはやらなければならないことがある、と考えて、研究室のこと、教育研究のことは、今ままで、全くの後回しになっている。諸案件への対処と、そして、被災地支援のボランティア活動に携わってきた。自分はボランティアの研究者だし、それに災害ボランティアセンターにはお世話になっている方が何人もいらっしゃる。ここで力にならなければ、何のための存在か、と気負っていた。

そしてここ数日はちょっといろいろあり、心身ともに相当疲弊していた(数日休み、今はだいぶ回復して、心身とも落ち着いています)。地震の直接の被害ではないが、しかし地震がなければもっといろいろなことが円滑にいっていたかもしれない。そういう意味では、自分はかなり広い意味での震災被害者かも知れないわけだが、そんな人はきっと大勢いるだろうし、自分が被害者だとはあまり思っていなかった。そう自覚するのはおこがましいと思っていた。

そんな中、この記事を読んで、ああ自分も傷ついた一人かもなとふと思った。というか、考え続けている。

時事ウオッチ 傷ついた人の束の中で=富永京子
毎日新聞2018年6月24日 大阪朝刊




自分は、震災で職場が直撃を受けたにせよ、それで大きな財産の損害や、家族などの命が奪われたわけではない。でも、「地震大丈夫だった?」と色々な方に心配されたのは、本当に本当に、とてもありがたかった。東日本被災地の方からも連絡頂いた時は、思わず目頭が熱くなった。こっちは学生連れて、被災者に迷惑を掛けに行っていたとしか思ってなかったから、そんなふうに気遣い頂けるとは。また向こうの方が未だなお大変な状況の中で生活し、心身とも負担を強いられていることは分かっていたので、なおさらで…。

ただ、そうしたお声がけに対して、大丈夫、としか返せない自分がいた。もちろん、詳細を伝える時間と気力がなかったのもあるが、震災という「大きな物語」の中では、自分は被災者として声を上げる資格がないとも思っていたのもある。しかしそんな時、家族等が、自分の「個別の物語」に寄り添ってくれて、しっかりと受け止めてくれたのは、かけがえのない、救われる思いがした。だからこそ自分の傷つきにも自覚できたのかも知れない。

思うに、固有性の高い「物語」が、災害によって一色に塗り潰され、そこからでしか語ることを許さなくしていないだろうか。それが被災地の悲劇であり、〈被災者〉の苦しみ、そしてさらなる傷つきになっているのではないだろうか。そう、考えさせられた。

自分は発災後、災害ボランティアセンターの支援にも入っていたが、ある時、来室した一人の支援希望の年配の女性に、割と長めに受け付けをしたことがあった。家の中がめちゃくちゃになってしまっているが、旦那が亡くなっていて、それまでは旦那に頼りっきりだったからどうしていいかわからない。業者の連絡もたくさんあるが、詐欺かも知れない。不安。でも命があっただけよかったと友達とも言っていて、がんばらなきゃ…そんな内容だったような。個人情報だから詳細には言えないのもあるけど、いろんな人の話を聞いたのもあって、そもそもあやふやです。

その時は主に向こうの話を聴いていて、その方にとって自分による受け止められ経験になればいいなと思ったぐらいだった。先に書いた「個別性の高い小さな物語」を、聞いていただけのつもりだった。でも後から気がついたのは、自分はその時、大きな物語としての震災経験の共有によって、こちらが楽にもなっていたかも知れないなということだった。

だから、先の話とは矛盾するけれども、「大きな物語」である震災は、関係ない人と人の間をつなぎ、共感しあえる土壌にもなっているとも考えている。地震があったから、共感しあえる。大変だけど、分かり合える。そんな経験。それは、多少なりとも、お互いの肩の荷を降ろしあえる機会にもなっているのかも知れないな、と。

あるいは、他者を気遣うことで、自分の問題が軽くなったりすることもことも、あったりする。そう言うと自分の問題から逃げているような、ネガティブな感じにも受け止められるかも知れないが、しかし気遣える対象がいることは、実は自分自身の救いになったりもするのだ(このカナダでの経験を踏まえても、そう思う)。

個別性、固有性の高い(小さな)物語に寄り添うこと。他方で、同じ(大きな)物語で共感し合うこと。

そうした今回の震災で実体験から感じ考えたことは、「援助」の本質のようなものだった気がしている。
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