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桜井政成研究室

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

事業型NPOがコミュニティをつぶす?

Posted by Masanari Sakurai on   0 comments   0 trackback

まだ全部読んでない読書感想文になるのですが、東畑開人著『居るのはつらいよ』が面白い。沖縄のデイケア施設で働いた臨床心理士の回想。その中に、


「時計を見ると、まだ勤務が始まって、一時間も経っていない。愕然とする。『なんてことだ!座っているのがこんなに難しいとは!』」



という一節がある。実は、自分にも似たような経験がある。



大学院入った頃ひとつのNPOでインターンとしてお世話になった。インターンと言いながらその後、非常勤の事務局長になるのだが。そこは高齢者の生きがいづくりNPOだった。行政からは一銭も貰わず活動をしていることを誇りとする独立独歩な事業型NPO。当然、事業をいかに効率的にまわすかがカギとなる。

しかし作業は度々中断される。事業関連で訪れる会員の高齢者(まだ若い人もいたが)にお茶を出して、しばしお話に付き合って…としていると、あっという間に夕方になった。事務局長と言っても最初はオフィスに1人だったから、話し相手をすると仕事が全部止まる。仕方なく夜や早朝にボランティア残業…

そもそも、理事長のおじい様からして話が長かった(笑。そして同じ話も繰り返される(爆。事務所は理事長のお宅の離れだったために、朝から来られる。おかげで話を聞きながら(ふりをしながら?)、仕事を進めるテクも身につけた。来客の時は理事長に対応をお任せできて、ありがたかったが。

そんな状態で話を聞くのはなかなかもどかしいものがあった。あの頃はどうやったらNPOを持続・発展できるかで精一杯で、正直あまりお話を聞くことに優先順位を置いてなかったと思う。まさに、「座っているのが難しい」状態だった。

ある時、近くに住んでいるという主婦の方が飛び込みで、働かせてもらえないかとやってきた。子供が小さく、あまり家を空けられないからという理由だったと思う。

その方は、お年寄り(というか誰でも)の話を聞くのがとても上手だった。上手というか、本当に楽しんでいた。その方の「ファン」もできて、事務所にはより来客が増えた。午後にはその子供さんも学校帰りに事務所に寄るようになった。よくプロレスごっこをさせられた。毎日、多世代の交流がある事務所になった。

今考えるとあの時、あの場所は『コミュニティ』ができていたよなと思う。それは金銭的に計上されない成果だし、実際その時はそれに構っていられない台所事情もあった。もう少しあの価値を理解していたら、違う方向の発展もあったのかもしれない。いや、あの時はあれで、最善手だったかな。私が博士課程に進学した後にNPOの事務局は引退させていただいた。そしてNPOはその後、理事長の逝去に伴って解散をしたのでした。

そんなことを考えていると、今書いている本があるのですが、そこで改めて「事業型NPOにおけるコミュニティの価値」みたいなところを軸にしてみようかと思い至った次第。「ケアの場面」として、治療しないこと、診断しないこと、みたいな話は、それはそれで重要であるし、ほのぼのとした(あるいははちゃめちゃな)話になるのだけれど、そこにNPOの経営や組織の持続の問題が加わると、変数が増える分、解はかなりややこしいことになる。とはいえ、現場においてはそれは死活問題でもあるし、逆にケアやコミュニティのことを忘れ、効率的な運営を目指すのも、それはそれでNPOが本来目指していた理念の達成からずれていくこともあるのではないか(学術的にはミッションの漂流、と呼ばれています)。

これまでにだいぶ書きためたのを、一旦書き直さなければならなくなるけど、今きちんと触れておかないといけないことだなあと思っているのでした。
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