考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

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韓国の社会的企業「言説」

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立命館大学産業社会学部の秋葉先生から興味深い論文を頂いた。感謝。

秋葉武「韓国の社会的企業 -現状と言説の多様性-」『協働の発見』222号、23-31頁、2011年。


(なお以下は勝手に私が要点をまとめているので、引用をする際には必ず原著をあたってください!)

韓国ではアジアではいち早く2007年に「社会的企業育成法」という、社会的企業を公的に定め、それを支援する法制度が施行されている。
このことから日本の社会的企業研究者・実践家のあいだでも近年、韓国の社会的企業の実態や支援制度に関心が寄せられてきた。

しかし著者は次のように指摘する。

「ところが彼ら(韓国の社会的企業関係者)の語る「韓国の社会的企業論」も各人で大きな“隔たり”があり、同じ事象をめぐる評価も真逆の場合があった。」そして「日本の各グループはこうした言説の差異を“解釈しかねている”」(いずれも同著23頁)。

これには、韓国固有の市民社会、社会保障制度、福祉政治と関連した言説の多様性があるという。
同著ではその文脈を次の3つから説明する。

第一に、自活アプローチである。金大中政権下の「社会改革」の影響により生まれた、政府と市民団体との協働就労支援プログラム「自活」の延長上に、社会的企業を捉える言説である。自活事業は市民社会側からみれば1970年代軍事独裁政権下における抵抗運動である地域の貧民運動をルーツとする生産共同体運動、労働者協同組合運動だ。1990年代、運動家達は協同組合方式による貧困層の共同体運動に挑戦したが、多くは失敗したという。この自活アプローチは受給者の貧困層を対象とするので、後述する雇用労働部主導の幅広い層を支援する社会的企業政策とは折り合いが悪い。とりわけ最近の社会的企業政策が市場志向を強めることで、貧困層が排除される危惧を抱いているという。

第二に、市民事業アプローチである。
金大中政権で、軍政時代には想像できなかった「市民団体の春」が訪れたが、他方で政府による市民団体の「包摂」に危惧も抱かれた。
2000年の落選運動で社会的象徴となった朴元淳は、海外研修の成果から、従来存在しなかったタイプの「美しい財団」(2000年)、英国オックスファムのリサイクルショップをモデルとした「美しい店」(2002年)を誕生させる。両組織は国家からの「市民社会の自立」という一つの提案でもあり、それは後に社会的企業の一つの実践的・理論的モデルとなる。特にこのモデルはソウルに多いという。

第三に、新貧困アプローチである。自活アプローチのような貧困層に限定せず、より幅広い脆弱階層の雇用創出を命題とするアプローチである。盧武鉉政権(2003~2008)下で顕在化した、家計補助のために働かざるを得ない主婦、高学歴の若者など、非受給の勤労貧困層といった「新貧困層」をその対象とする。2003年、労働部は「社会的仕事創出事業」を実験的に始め、民間では失業克服国民運動委員会が失業克服国民財団となり、失業者のみならず女性、障害者、高齢者、若年層の雇用に着目。起業融資、企業と連携した貧困女性の人材育成事業などを行った。そして労働部主導の政治運動の成果により、2006年12月に「社会的企業育成法」を成立させるに至る。

同著ではもう少し詳しく、それぞれのアプローチに属する市民運動家達が政治的な経験をしてきたかを説明し、そしてそれが「同じ事象をめぐる評価も真逆の場合があった」ことの答えであるとしている。また2008年に誕生した李明博・保守政権による市民社会への弾圧が、社会的企業の行方に影を落としているという。

現地調査と先行研究の考察に基づいた丁寧な著者の分析は、実に勉強になった。まさに私も韓国の社会的企業についてどう理解したものか、混乱していた一人だからである。話は聞いたり、見に行ったりもしたが、あまりしっくりきていなかった。

実は2009年に開かれたヨーロッパ社会的企業国際研究カンファレンスに参加した際、別の韓国の社会的企業研究者(韓国人)から、「韓国の社会的企業を理解するには『社会構築主義アプローチ』が重要だ」という報告を聞いた。
(ちなみに彼女の報告フルペーパーはこちらからみることが出来ます。このペーパーも韓国の社会的企業を理解するには役立ちます)

すいません。以下、研究者にあるべきでない、ウィキペ先生からの引用ですが…



社会構築主義の焦点は、個人や集団がみずからの認知する現実(reality)の構築にどのように関与しているかを明らかにすることである。このため、さまざまな社会現象が人々によってどのように創造され、制度化され、慣習化していくかが問われることになる。社会的に構築された現実は、絶え間なく変化していく動的な過程として捉えられる。現実を人々が解釈し、認識するにつれて、現実そのものが再生産されるのである。



そしてその時に、実は私も、日本の社会的企業について、まったく同じく『社会構築主義アプローチ』で理解すべきという報告を行っていたのだ。
(これも、こちらからPDFで見ることが出来ます

ではその、日本の社会的企業の「言説」を社会構築主義的にはどのように理解できるのか。
長くなったので、これは次のエントリで説明します。


追記

そういえば、自分なりの考察がぜんぜん無かった…。

まず秋葉先生のまとめによるアプローチにおいて、韓国の社会的企業の多くはターゲットは貧困層(の雇用)であることが読み取れる。
これは私のごく限られた情報において、持っていた「感じ」とも一致する。
韓国の社会的企業研究者と議論するときも、いま考えればそうした前提で向こうが議論をしていることが多々あった。そして、その韓国の【独自性】を歯がゆく思い、なんとか広い概念としての、異なった社会的企業概念を韓国に導入したい、と考えている節もあった。
…って、それって日本の現状にもすごい似ている。
別のエントリでまた論じたいと思っているが、日本の社会的企業研究者も「ソーシャルビジネス」「社会的起業家」概念がよくわからない感じに流布しているのを、気持ち悪く思っている。なんとか整理して欧米の議論と同じ俎上に載せたいと思っているのだ。

もうひとつ別の観点からコメントすると、秋葉先生のまとめが優れているのは社会的・あるいは政治的文脈に沿って社会的企業概念を説明して下さっていることだ。
「ある実践が別の社会で通用するとは限らない」とは、最近ツイッターである方から指摘されたことであるが、まさにその実践がどのような社会的文脈で行われているのかを捉まえなければ、「おいしいところ」を持ってきても、定着などしない。
あるいは個々の実践レベルであれば、参考になる所をつまみぐいでもよいのかも知れないが、制度的な議論をする際にはそれではまともな話はできないだろう。

以上、まとまりないが、考えたことを羅列してみた。


<参考>
日本希望製作所による「美しい店」の紹介
http://hopemaker.blog40.fc2.com/blog-entry-46.html

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