考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

10年度卒業生向け 卒業論文集発行のごあいさつ

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卒業論文を書き上げた皆さん、おつかれさまでした。

雇用状況の悪化等により就活も大変な昨今、くたくたになって大学に戻ってきた残りの貴重の時間、卒論執筆に全力を傾けて頂きました。ほんとうによくがんばって頂いたと思います。卒論を書いて「一皮むけた」り、「何かをつかんだ」りして頂けたとしたら、教員冥利に尽きます。

そして書けなかった方も気にしないで。すべては私の指導不足によるものですから。皆さんの「実力」を私は評価しています。その気になったらブログでも何でも今は自分の意見を発表する場が多様にありますし、またリベンジで大学院にもいつでも入れる時代です。

年始に飛び込んできたあるニュース。京都にある某私立大学で卒論を必修化にするとのこと。げげ、と思った在校生もいるかもしれませんね(笑)。私にとっても、「げげ」でありました。というのも、皆さんに納得いく卒論を書いてほしい。でもそのためには指導の時間を充実させる必要がある。今の人数の卒論指導でも(おわかりの通り)十分にできていない身においてはどーなるんやろ、という気分でした。

しかし卒論って何でしょうね。
卒論って、卒業記念にちょっと長い文章を書けばそれでOK、というものでは無いと思うんです。かといって、じゃあ本格的な研究論文を書けるかっていえば、そうでもないわけで。その「中途半端さ」の中で、書く側の学生にとってはどんな意味があるのでしょうか。

私は、人によっては初めての、「知的生産の技術」の本質に触れる重要な機会となる(なった)のではと思ってます。卒論を書かれた方ならばおわかりの通り、論文を書くのって、いろいろ先行研究読んで、いろいろデータ集めて、苦労してまとめて書いて、結局自分の言いたいことを言えるのは最後にちょびっとだけ…。なんだか非効率でストレスフルですよね。でも、オリジナルな何かを産み出すのってそういう、地味で地道なことの積み重ねの上でのブレイクスルーなんです。そのためにもある程度の論文としての「型」というものを理解して頂き、書いてもらうべく、指導が必要だと思うんです。

知的生産に携わったことのある人間ならばこういう苦労は分かっているので、他人のオリジナリティについても敏感になれます。努力を尊重できるのです。そうした人達が増えていけば、オリジナリティあふれる素敵な国になるのではないか、と密かな夢を抱いています。

もちろん大学での経験なんて、長い人生の一瞬に過ぎません。
これからの皆さんの成長、経験、とても楽しみです。
 
どうぞあなたにいつも良い風が吹き続けますように。


愚痴の多い皮肉家教員の精一杯のはなむけの言葉として



※本エントリは2010年度 桜井ゼミ卒業論文集 冒頭の挨拶文を一部修正したものです。






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