考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

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(論文抜粋)台風23号災害被害に対する立命館大学ボランティアセンターの取り組み

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以下の文章は、<桜井政成・足立陽子著「台風23号災害被害に対する立命館大学ボランティアセンターの取り組み:学生ボランティア派遣の事例を通して」『京都市社会福祉協議会研究紀要』6巻、63頁~68頁、2005年>の原稿からの抜粋です。何のお役に立てるのか分かりませんが、被災地支援の一つの参考にして頂けたら幸いです。



台風23号災害被害に対する立命館大学ボランティアセンターの取り組み
―学生ボランティア派遣の事例を通して―

1. はじめに

 「備えあれば憂いなし」というが、なかなか、そうはいかないものであり、そのために格言としてのありがたみもあるのであろう。
 2004年10月に見舞われた台風23号災害に対しての、立命館大学ボランティアセンターによる被災地支援の取り組みも、全く体制が整っていない状態でのボランティア派遣であった。というのも、その年の4月から立命館大学ボランティアセンターは開設されていたものの、実質、スタッフが配置となり、動き出したのは6月の半ばからであったのだ。業務が始まってから半年足らずの職員が中心となり、本格的な災害被災地支援を、文字通り手探りで行わなければならなかったのである。
 本稿は、台風23号災害被害地に対する、立命館大学ボランティアセンターでの学生ボランティア派遣の取り組みについての報告である。拙い文章で恐縮であるが、ボランティアを送る側のコーディネーターが何を感じていたか、そしてどのようにボランティアコーディネートを行ったかについて、少しでも読者の理解の助けになれば幸いである。また最後には、災害発生時における大学ボランティアセンターのあり方について、および、今後の被災地支援活動へ向けての課題を述べたいと思う。

2.取り組みの経過

(1)災害発生~第1回目の派遣まで

天災の当たり年とも言える2004年は、台風日本上陸回数が観測記録史上最高を記録した。その上陸台風の中でも最も遅かった台風23号は、10月20日に高知県土佐清水市に上陸した後、20日、21日にかけて日本を縦断し、全国に甚大な被害をもたらした。
 10月21日になると、全国各地の被害状況が明らかになってきた。また、それに呼応し、災害ボランティア活動に向けての体制整備も、被災した現地や支援側にてなされるようになる。京都府内においては、同日午前7時、京都府社会福祉協議会が、京都府地域防災計画に基づく「京都府災害ボランティアセンター」を立ち上げ、支援活動を開始した。そして京都府内で被害を受けた地域で、現地災害ボランティアセンターも次々に設立された。また、21日、京都府災害ボランティアセンターでは、災害時におけるボランティア関連諸団体の連絡会議が持たれていた。
 しかし、こうした動きを立命館大学ボランティアセンター(以下、本学ボランティアセンターと略記)が把握したのは、10月22日に、きょうとNPOセンターや京都府社会福祉協議会(以下、府社協と略記)と連絡をとった後のことである。この段階では、本学ボランティアセンターは、災害時のボランティアコーディネーター同士のネットワークからはずれていたといっていいかもしれない。それは、センターが設立されてから半年足らずしか経ていなかったことに関係しているだろう。
 立命館大学では、22日、学生担当常務理事、およびボランティアセンター長の判断で、24日土曜日に、舞鶴市現地災害ボランティアセンターへのボランティアバスを運行させることを決定した。この判断時、現地状況把握にもっとも役だったのは、立命館大学が学術協定を結んでいた舞鶴市からの情報であった。それも、現地での対応に追われていた市役所から直接ではなく、比較的余裕のあった、産学連携機関(舞鶴市にある「大学連携センター京都・まいづる立命館地域創造機構」)からであった。
 学内での学生ボランティアの募集・派遣の窓口として、ボランティアセンターが担うことになった 。きわめて短期間の広報であったにも関わらず、衣笠キャンパス・びわこ草津キャンパス合わせて23名の学生が参加した。それを可能としたのは、各学部および広報課の協力により、メールマガジンとホームページでの広報が可能となったためである。現在、3万人以上が在学する本学において、広く学生に周知させるための広報手段として、こうしたデジタルな手段は大変有効なものとなっている。
 なおリスクマネジメントとして、参加学生は全員、ボランティア保険に加入した。保険料については、京都府が負担することが決定していたため、救援時のボランティア派遣に参加した学生は、無料で加入することができた。集合時および行きのバス車内で、必要事項を記入し、現地災害ボランティアセンターにて、到着と同時に加入した。

(2)10月24日の派遣について(第1回目の派遣)

 24日当日、バスは舞鶴市現地災害ボランティアセンターに10時30分頃到着した。しかし、舞鶴市現地災害ボランティアセンターではまだボランティア受け入れの準備が整っておらず、急遽、宮津市の滝馬地区で活動を行うことになった 。
 宮津市の滝馬地区は、土砂崩れの被害が大きかった所であり、家屋等が被害に遭い、2名の死者が出ていた。当時インフラは、一部水は通っているが、ほとんど無いに等しい状態で、電気も当日に一部のみ通った状態であった。大木が家を突き抜け、家は形もなく、車が逆立ちしているというような悲惨な状態も見られた。バスには、本学ボランティアセンターのボランティアコーディネーターが1名、同行していた。このコーディネーターが現地災害ボランティアセンターの指導のもと、学生たちの活動をコーディネートした。現地災害ボランティアセンターには、「○○さん宅に男性2名必要、~をしてほしい」というようなニーズ調査票があがってきており、その個票に基づいて学生たちを割り振った。
 学生たちは安全を確保した上で、各家のニーズに応じて、土砂の取り除き作業を行った。男子学生は、タンスなどの家具の取り除きや畳を上げて床下にたまった土砂を取り除き、女子学生は、バケツリレーで家屋内の土砂を運び出した。
 ボランティアに参加した学生の動機を聞いてみると、「阪神大震災時に自分も多くのボランティアに助けられたので、恩返しがしたくて」「同じ京都に住んでいる者として、じっとしていられなかった」「実習で行った先の近くなので、心配で力になりたい」などの声が聞かれた。
活動後の感想としては、「活動を始めたときに山ほどあった土砂が、終わる頃にはみるみる減っていって、充実感をもてた」「ありがとうと感謝されて、少しでも役に立てたのかなと思って嬉しかった」「今日1日だけでも大変だったのに、これがしばらく続く住民の方のことを考えると言葉も出ない」という声が聞かれた。また、土砂崩れで壊れた自宅の前でアルバムが入った箱を持って、「ここで何十年も暮らしてきて残ったのはこれだけ」と涙ぐむ男性に対して、「かける言葉もなかった」と話していた学生もいた。学生たちは、役に立てて嬉しいという一方で、被害状況を目の当たりにしてショックを受け、テレビなどだけでは分からない悲惨な状況を深刻に受け止めていた。
 後日、早い段階での派遣であったことに、現地コーディネーターから感謝の言葉もいただいた。

(3)10月31日の派遣について(第2回目)

 第1回目の活動を終えて、参加希望の学生から今後の活動予定についての問い合わせが増加した。そこで、現地のニーズ状況を鑑みつつ、再度派遣を決定した。前回のように、当日現地で受け入れを拒否されるような事態を起こさないために、今回は舞鶴市役所企画調整課と綿密に連絡を取りつつ、派遣を実施した。
 第2回目の参加学生数は、男性46名、女性18名の計64名であり、2台のバスで舞鶴へ向かった。
活動場所は、舞鶴市河原地区であった。参加した学生は、現地災害ボランティアセンターのコーディネートのもと、いくつかのグループに分かれ、安全を確保した上で、各家のニーズに応じて土砂の取り除き作業を行った。今回も本学ボランティアセンターよりコーディネーターが同行していたが、前回と異なり、学生に混じって実際に土砂の取り除き等の活動に従事した。これは現地センターのコーディネートが問題なく進められていたためである。このように、現地の状況に合わせて、同行するコーディネーターの役割も変化するため、そうした柔軟性が送り出す側のコーディネーターには求められる。
 第2回目は、第1回目と比べて、住民の方のニーズが変化しているように感じた。第1回目は、「片付けが捗り助かった」という声が聞かれたが、第2回目は、住民の方も疲れが溜まっておられるのか、単に復興作業だけでなく、「励まし」という意味も大きかったように思う。
 この地域は山間部であり、1人暮らしや夫婦2人暮らしの高齢者が多い地域であった。活動中、被災した1人暮らしの高齢男性が、「1日中、1人で作業していると暗い気分になる。だから、若い人たちが大勢来てくれてとても励まされた」とおっしゃられ、涙を流された。それを聞いていた学生たちも涙していたというエピソードもあった。学生たちは、単に作業をするだけでなく、住民の方や舞鶴市の職員の方から災害当時の地域の様子を聞くなどし、得がたい経験となったようである。

(4)12月18日の派遣について(第3回目の派遣)

 11月にはいると、現地では一般ボランティアの受付を終了し、復旧へ向けての取り組みが着々と進められていた。
 しかし同時に、災害に見舞われた地域では、1人暮らしの高齢者や、児童等、気落ちをしている住民がいることが、現地関係者を通じて、本学ボランティアセンターに伝わってきていた。特に、災害関連の報道が沈静化することが、現地住民にとっては「私たちはもう忘れられてしまった」と感じることもある、と聞かされ、本学ボランティアセンターの職員も心を痛めていた。
 そんな中、本学ボランティアセンターの窓口を訪れる学生の中から、「現地を訪れて住民の方達を励ましたい」という者が現れた。それも複数名である。なぜ、そのような声が挙がったのか。そうした学生のバックグラウンドは様々であり、第1回目・2回目の派遣に参加した学生や、社会福祉士実習で現地の施設にお世話になった学生や、または、阪神大震災の時に、自身がボランティアにお世話になった学生であった。これらの理由により、現地を訪れたいという想いが培われたのであった。
 このように、ボランティアを求めるニーズ(現地ニーズ)とボランティアをしたい側のニーズ(学生のニーズ)の両方が揃うことはまれであり、これに応えずして何がボランティアコーディネーターか、という想いが本学ボランティアセンターのボランティアコーディネーターの中に生まれた。そして本学ボランティアセンターより、被災地への第3回目の学生ボランティア派遣を企画・実施することとなった。
 企画内容は、舞鶴市加佐地区において、高齢者宅や福祉施設での励まし活動を行うボランティアプログラムとした。事前に京都市内の小学校から手紙を預かり、現地へ持っていくことになった(これは京都府社協を通じて提供された)。また、学生が交渉し、企業から、現地へ持っていく靴下などのプレゼントを提供していただいた。さらに、本プログラムの実施に際して、舞鶴市社会福祉協議会に、現地で学生が活動するための条件整備を行っていただいたことは大変有り難かった。現地地域の区長や、施設との連絡調整、当日のスケジュール調整、舞鶴地域の情勢に関しての資料提供などを行っていただいた。
 参加した学生は、過去2回の活動に参加した学生や、舞鶴で実習を行った学生が中心であった。参加学生とコーディネーターとで、事前に、訪問時に持参するプレゼントやメッセージカードの作成などを行った。
派遣当日は、14名の学生が参加した。学生は「世帯訪問活動(地域訪問班)」と「高齢者福祉施設訪問活動(デイサービス班)」に分かれて活動した。
「世帯訪問活動(地域訪問班)」では、参加者で手分けをして、舞鶴市上漆原地区、下漆原地区の19件の世帯を訪問し、小学生が書いた手紙と簡単な品を手渡した。各世帯には事前に区長を通じて連絡をしていただいた。各世帯からは感謝の言葉をかけていただいた。また多くのお宅では、台風23号の被害状況、その後の復興状況についてお話していただけた。住民の方の中には、「学生さんに来ていただいたおかげで土砂が片付いた。皆、休みもとらずに一生懸命作業をしてくれた」と、感謝の言葉をかけてくださった方もおられた。
「高齢者福祉施設訪問活動(デイサービス班)」では、加佐デイサービスセンターにて、15名の利用者対象に活動を行った。レクリエーションの時間を使わせていただき、手話を交えた歌を参加学生らが披露した。その後、参加学生が書いた絵手紙と簡単な粗品をプレゼントして、歓談した。デイサービスの利用者からは「また来てほしい」などといった感謝の声が聞かれた。
参加学生の感想として、「本当に喜んでくださって、感謝されて嬉しかった」という声が聞かれた。また、「台風23号のマスコミ報道はほとんどされなくなったが、まだ作業が残っていたり、入院している方もおられて、継続的なサポートや心の面からのサポートが必要とされていることを知った」という感想など、社会的な課題として学びを得た学生もいた。「災害ボランティアは災害が起こった直後の人手が足りないときにのみ活動するもの、というイメージがあったが、ひと段落した後にも活動があることがわかった」など、活動前と後とでの変化した様子も見受けられた。

3. まとめにかえて

 今回の取り組み事例から得られたインプリケーションについて述べておく。本取り組み事例から、災害発生時における大学ボランティアセンターのあり方について、そのひとつのモデルを示すことができるだろう。
図表は、大学ボランティアセンター・学生・地域の関係性を表している。大学ボランティアセンターの役割として、まず学生に対しては、災害時においても被災地支援ボランティアを通して、どのように学びにつなげることができるかを考える必要がある。すなわち、単なる活動だけで終わるのではなく、事前講習や事後講習を行なうなどし、体験を通して学びへと発展させるためのプログラムづくりを行なうことが求められる。また、大学ボランティアセンターは、学生が安全に活動しやすいボランティア環境を整備するために、被災地域や学内の他部課との連絡調整を行うことも重要である。そして注意事項や現地の情報などを学生に伝えていくことも求められる。
 他方で、被災地域に対しては、どのように地域に貢献できるのか、検討することが求められる。今回の台風23号災害被災地支援の場合のように、学生ボランティアの派遣といった方法の他にも、募金活動をしたり、必要な物資を集めて現地に送ることも想定される援助方法だろう。さらに、災害被災地や被災者の現状について、学内において伝え広めていく役割、すなわち学内啓発活動の機関としての役割も持っている。学内において、自発的な支援の輪を広げていくためには、ボランティアセンターが現地を代弁する必要があるだろう。
 また、以上のことを効果的に行なうためには、地域のボランティアセンター等との連携が何よりも欠かせないだろう。

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