考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

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【報告】5/3・4被災地支援活動

Posted by sakunary on   2 comments   0 trackback

いろんな方にお世話になり、実現しました今回の被災地訪問活動。
簡単に今回の取組のご報告をさせて頂きます。

当初、絵本を持って現地の子どもたちに読み聞かせをし、ふれあいたい、と考えて企画した今回の取組。
そのために準備していたのが、以前のエントリで書き込んだこのプロジェクトでした

まず現地の市民団体でご協力頂けるところを探しました。
仙台市市民活動サポートセンターのHPから、読み聞かせをしている団体として、「仙台文の會」さんにアクセスしてみました。

結果、活動は思っても見ない方向に。

仙台文の會の代表・有地さん曰く、仙台で中古絵本のニーズはないとのこと。それよりも、京都のお茶とお菓子をお持ちして被災者を元気づけてはどうか、と逆提案を頂きました。それが活動10日前。
(最終的に、本も持っていきましたが)

早速、ゼミなどでお世話になっている南山城村の職員・森本さんにご依頼し、南山城村茶業青年団様から宇治山城茶を手配頂きました。
(ツイッター使って日曜夜に一時間ぐらいで即決…。)

また、お菓子については同僚の先生が以前、授業の一環で「和菓子プロジェクト」をされていたので、相談させて頂きました。
結果、「鍵善良房」さんからお菓子をご提供頂けることに。
質の高いお茶とお菓子を頂けたことで、なんだか「京都代表」になったような気分となり、失敗できないプレッシャーがのしかかってきました。

ただ、参加する学生の皆さんに事前研修として集まって頂いたとき、半分ぐらいは成功を確信。初めて集まったメンバーとは思えない程、実にてきぱきと、役割分担して当日の準備を進めてくれました。

なお、今回、持参し配布した物資は下記の通り。
ご協力頂いた関係者の皆さん、本当にありがとうございました。

<物資内容>
・鍵善良房様から「おひもさん」300個
・南山城村茶業青年団様から宇治茶(煎茶)50g入り100パック。
・南山城村森本様から宇治茶(焙じ茶)500g入りひとパック。
・多くの匿名の皆様から絵本・児童書・小説等、ダンボール3箱。
・立命館大学歴史都市防災センター様より「防災缶」50個。



現地までの移動については、学部の同窓会から補助をいただき、貸切バスを運行。もしこの補助が無ければ今回の企画は実現できませんでした。

ちなみに、GW中の被災地慰問活動でわれわれが拠点としたのは仙台市でした。仙台市は中心部ではすでに都市機能が回復していました。また「支店経済」と村井知事が自ら揶揄していましたが、企業の支店機能が集積しており、復旧復興関係の業務で仙台を訪れている会社員も多く、にわかににぎわっておりました。
(ゼミ生のお父さんも業務で長期滞在していたそうですが、ホテルが取れなくて一泊ウン万円のスイートルームに会社のお金で泊まっていたとか…。)

さて、肝心の活動の報告を致しましょう。

帰ってきてから聞くと、学生達は皆口を揃えて、最初、被災者にお茶を配って一体何の役にたつのかと、活動意義に懐疑的だったそうです。(おまえら~)
正直、私も被災者の方に本当に喜んで頂けるかは不安でした。
何しろ現地の状況は全く分かりませんでしたから。

しかし結論から言えば、多くの被災者の方々に喜んで頂けたと確信しております。

「久しぶりにちゃんとした温かいお茶をのむことができた。」
「京都のお茶なんて初めてのんだ」
といった声を頂きました。

多賀城市の避難所となっていた市民文化センターに泳ぐこいのぼり
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手作りの看板
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みんなでお茶の配布
IMG_0170.jpg

ただお茶を配るだけではコミュニケーションが取れないからつまらない、と、ちょっとしたゲームを用意していったのですが、そんな「小細工」は必要なく、学生達は被災者の方々と積極的にコミュニケーションをとり、いろいろとお話しを伺うことができたようです。
小学生ともプロレスごっこをして、避難所生活のストレス発散にも貢献してきました。

こうした活動の核心部分については、現地コーディネーターとして活躍して頂いた、学生の渥美くんが、すばらしいブログ記事を書いてくださっています
ぜひそちらもご覧下さい。

京都から来たと言うと、多くの方から「遠くからありがとう」と逆に感謝を受けました。またこちらが見舞ってきた側なのですが、逆に、「余震津波に気をつけてください」という心遣いもたびたび頂きました。それがなんだか心苦しかったです。しかし後になって、そう思ってしまうのは、ボランティアはこうあらねば~と肩に力が入っていたからだったからでしょう。それは単に、人と人とのやりとりが自然になされていただけなのです。そんなことを、避難所の方達と気負いなく触れ合う学生たちを見て気づかされました。

また学生の皆さんが聞いた話の中には、やはり大変重たいものもあったようです。どう応えてよいか分からなかった、と。

私も同じ経験があります。
大学生時代、阪神大震災のあと、ボランティア活動に行った時のことでした。
私が行った避難所では中学生高校生がボランティアとして大活躍していました。
その中でも仲良くなった茶髪の高校生がいました。
彼と街中の見回りをした際、ある家を指さして彼が言いました。
「ここ、つれの家やねん。」
指さした家を見ると、1階部分が跡形もなく押しつぶされていました。

「前の夜、俺の家で一緒にゲームしててんけどな、朝方、帰るって言いよって、その後ここでつぶれて、死んでもうた。」

私がそれを聞いたとき同じように何を言えばいいか分かりませんでした。(たぶん、ふーん、とか返していたと思います)

このエピソード、実は以前、上で紹介した渥美君が被災地の状況を教えてくれた時に急に思い出したものでした。
渥美君曰く、被災地では地震後一週間は皆ハイテンションでいろいろな人と話をとめどなくしていたが、その後、ぱたっと誰も話をしなくなった。たぶん命が助かった後、現実を振り返る余裕ができ、これからのことを考えたら、つらくても誰にも気持ちを打ち明けられなくなったのではないか、とのこと。

それを聞いて、自分は何て馬鹿だったのかと情けなくなりました。

あの時、茶髪の高校生は自分を信頼して打ち明けてくれたんだ、と。
何も言わなくても、ただそれを受け止めてあげればよかったんだ、と。
15年以上経って、自分がどうすべきだったのかを理解したのです。

参加した学生にも、たぶんそういうことだから、話をしてくださったことはこれからゆっくり理解すればいいことだし、すぐに答えを出さなくてもいいと思う。と伝えました。

各避難所で滞在したのは数時間程度。
個々の方々とお話しをしたのなんて、本当に一瞬です。

でも、話を聞いてしまった。
「縁」ができてしまった。

昨日、参加した学生のみなさんと、ふりかえりをしました。
これからも何らか、関わった方たち、地域のためにできることはないか考えていきたいし、またできることをアクションしていきたい、と確認しました。

被災地の復興を心から願っています。
決まり文句でもあるこのセリフ、我々は知り合った方々のお顔を思い出しながらつぶやいています。

最後に、活動にご協力頂いた方から頂いたお言葉。

「『がんばって』っていう言葉、あれって突き放された冷たい感じがする。「負けないで」って言ってほしい。」
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Comment

yokoblueplanet says... "お疲れさまでした。"
初めまして。
支援活動、お疲れさまでした。そしてありがとうございます。
原発事故が無ければ、と本当に悔やまれます。
長い闘いになりそうですが、これからもよろしくお願い致します。
更なるご活躍を祈ります。
2011.05.17 01:10 | URL | #- [edit]
sakunary says... "Re: お疲れさまでした。"
コメントありがとうございます。放射能の影響は広く、そして長いものとなりそうですから気長に、しかし気を抜かずにがんばりましょう。これからもよろしくお願い致します。
2011.06.25 23:52 | URL | #- [edit]

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