考えるイヌ〜桜井政成研究室〜

研究メモ、ゼミなどの教育活動、その他関心事など。

ボランティア・義捐金のミスマッチ問題と「寄付元年」

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以下、おそらく現地でがんばっている方からすれば、何を呑気に「分析」してんだ?という感じかも知れません。
私なりの疑問があって、その疑問を解消するためだけの、まったくの自慰的な文章だと思って下さい。
(ある種、研究者の悲しい性です)

本日、大坂ボランティア協会の「ウォロ」最新号が届きました(2011年7・8月号)。災害ボランティアセンターの特集であり、巻頭では早瀬昇氏が「ミスマッチを受け止める力は自発性から」とのエッセイを寄稿されています。
これ、かなり、我が意を得たり、でした。

 ミスマッチが問題になるのは、ボランティアの期待と現実にギャップが生じ、それを「こんなはずじゃない」と否定的にとらえてしまうからだ。
 そこで、「こんなはず」というボランティアの期待や見込みの幅を広げることに加え、ボランティアがまず現実を受け止める姿勢をもてるようにする必要がある。
 そのカギは、指示待ちの状態を避けることだ。



ただ、今回の被災地支援でこれまでに問題になっているのは「ボランティアが多すぎた」ミスマッチではなく、むしろ「思ったよりボランティアが来なかった」ミスマッチなのではないのでしょうか。
(現場の感覚では逆で、ボランティアが多すぎることが問題になってるとしたら、すいません。)

今回の震災直後、「ボランティアに行くな」言説が流布されてボランティア人数が伸びなかったとされる。そうでなくても今回は「行けなかった」と思います。正直、関西以西から三陸に行くのは、「海外ボランティア」と同じ感覚だ。そうそうサンダル履きで行けるところではない。
(これは逆もしかり、で、京都府では福島からの避難や疎開を大歓迎しているのだが、言葉や気質が違うことから、避難される方にとっては海外移住、いや、京都だけに「清水の舞台から飛び降りる」ほどの悲壮な覚悟が必要だそうです。私も避難者向けの活動をいろいろしているので、何か不安やご不明な点があればお気軽にお尋ね下さい)

しかし、関係者の話を聞くと、津波災害では、ボランティアは宣伝しなくても泥かきにどっと来るというのが経験則だったみたいなところもあるようです。それで逆に「来るな」という情報発信をするバイアスがあったかも知れませんね。

情報はない。「来るな」と言われるでは、誰も行かなかったのも仕方ない面があります。
何よりボランティアを押しとどめたのはあの津波の映像の繰り返しでしょう。気軽に行くのはやめようと誰だって思います。

その結果、阪神淡路大震災との比較では、震災からの活動人数推計が、111日経過時点で、

・阪神淡路大震災(推計):約1193900人 一日平均10756人
・東日本大震災:約499300人 一日平均4498人

と大きく下回る結果となっています。(データはこちらのサイトを参照)

ただ、以下のブログ言われているような、「良心の低下」があったとは、私はまったく思っていません。

復興が進み、ボランティアが必要無いという状況であれば喜ばしいことではありますが、全くそんな状況ではありません。 震災の規模を考えると、今回の震災でボランティアが担う工数が阪神淡路大震災の137.7万人年を下回ったならば、とてもさびしいことです。 それは、この16年での日本人の組織力の低下や良心の低下とも受け取られます。

(ボランティア人数推移 [東日本大震災と阪神淡路大震災比較]/スニフ ところにより スナフキン)



人びとは行けないのだが、何かしたい、という思いは強かった、と思います。
それがひとつ、かたちとなって現れているのは、義捐金の額なのです。

日本赤十字社によれば、7月20日(水)現在、各都道県に設置された「義援金配分委員会」への送金額(つまり、集まって送った義捐金の総額)は、2,396億7,351万円となっています。

これに対し、阪神大震災が4年かかって1,791億円だったとこちらのサイトでは書かれています。

もちろん、海外からの送金もあるから、純粋に日本人からの募金総額を比較できるものではありませんが、それにしてもこのデータを目前にすれば良心が減ったなんて言うのはおかしいことがわかります。

もともと日本は海外諸国に対して、ボランティア活動に比べての(民間)寄付は、それほど活発ではありませんでした。

名称未設定2

…代替費用法(ボランティアが行う仕事を有給労働者が行ったと仮定して、どの程度の報酬が支払われるかという観点から評価)で日本のボランティア活動の貨幣価値を推計すると、GDPの1%超にあたる年間7. 2兆円(うち5.3兆円が非営利部門)に達する。この額は、金銭による寄付の約10倍にあたる。
※出典:日本経済新聞2007年11月9日



阪神大震災では驚く程多くのボランティアが被災地で活躍し、そしてそれが世間の耳目をひいたことから、「ボランティア元年」と呼ばれました。
これに対し、私は今年は、上記のような経緯から、日本において「寄付元年」と呼ぶべき年になったと主張したいと思います。
(思えば今年は年始より、「タイガーマスク現象」もありましたね)

市民社会を支える人的資源が1995年に注目され、その基盤整備が進みました。
今度は、市民社会を支える金銭的資源についての議論が活発化し、基盤整備を進める絶好の機会だと思います。
義捐金の配分遅延問題は、そのひとつのプロローグに過ぎないのです。

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